(使用写真:WarnerBros.com | Dunkirk | Movies)
こんにちは、ユリイカです。
今回は、映画『ダンケルク』の「空の1時間」について解説・考察します。
【3.THE AIR|one hour】空の1時間
「空」では、1時間という単位でストーリーが描かれます。
主な登場人物
イギリス空軍の戦闘機・スピットファイア。
編隊を組んで飛ぶと燃費が上がることから、3機1組が主流となっていました。
このため、「空」の登場人物は次の3人です。
②ファリア=「fortis 1」
③コリンズ=「fortis 2」
□fortis=(ラテン語)強い、勇敢な(引用:fortis – ウィクショナリー日本語版 (wiktionary.org))
※隊長機を失って以降は「fortis」→「angels」にセリフが変わります。
ストーリー
「空」で起きることをまとめると、以下のようになります。
スピットファイア3機でダンケルクに向かうが、敵との戦闘でファリア1機のみとなる
【第二幕】
燃料切れが近づくが、ファリアは味方を救うために戦い続ける
【第三幕】
燃料切れの状態でダンケルクにたどり着き、ファリアは機体を燃やして捕虜となる
それぞれ一幕ずつ解説していきます。
【第一幕|前編】目的地はダンケルク。だが、彼らは理由を知らない
「空」のオープニングシーンは、隊長からの「燃料チェック」の無線に始まります。
なぜなら、この「燃料」が「空」のストーリーにおける “最大の問題” だからです。
(ちなみに、この隊長の声はノーラン作品の常連であるマイケル・ケインが演じています)
隊長の命令「必ず無事に帰れ」
隊長は、ファリアとコリンズに次のように命じます。
それだけに、ここには多くの意味が込められています。
※また、字幕では「高度500フィートを維持、ダンケルクでの戦闘に備えろ」としかテロップが出ません(制限時間の情報が抜け落ちています)
↓
直訳:「燃料を温存するために高度500フィートに落としたままでいろ。ダンケルク空域で45分(40分)戦うために」
「高く飛ぶと燃費が悪くなること」
「ダンケルクで戦える時間には限りがあること」
この2つを、早くもノーラン監督は匂わせています。
↓
原文:「Keep an eye on that gauge, even when it gets lively. Save enough to get back.」
↓
直訳:「どんなに(空中が敵で)にぎやかになっても、燃料計から目を離すな。帰るのに十分な燃料を温存しろ」
※隊長の親しみやすさ、敵への淡泊さも感じ取れる言い回しです。
※この「犠牲」が本作のキーワードです。
ダンケルクに向かってはいますが、隊長は「そこでの戦闘=兵士を守ること」より、「無事に帰投すること」を優先させます。
コリンズの疑問「カレーの方が近いのに」
ダンケルクに向かいながら、ふとコリンズは呟きます。
コリンズ「ダンケルクは遠い。カレーの方が本土から近いのに」(吹替)
※水色の線がスピッドファイアの航路と思われます。地図外ですが起点の先にホーンチャーチ空軍基地があります。(地図引用:ダンケルク – Wikipedia)
※「ホーンチャーチ空軍基地」については第54飛行隊 – Wikipediaをご参照ください。
「なぜ、ダンケルクなんだろう」という疑問に、隊長は次のように答えます。
※字幕はもっとシンプルで「敵に狙われてる」とだけ返します。
本来は次のようなセリフです。
直訳:「敵は・何か言いたいことがあった・それについて」
↓
意訳:「(カレーの)敵も言いたいことがあっただろうな」
(ここにも先述した隊長の親しみやすさが表れています。このようにセリフが少ないながらも、どの登場人物もきちんと人物描写がされています)
隊長も「敵のいるカレーに出撃しない理由」を知りません。
※「カレー」については別記事「防波堤」にて解説します。
スピットファイア3機が「追い抜く船」の正体
(使用写真:WarnerBros.com | Dunkirk | Movies)
このとき海上で追い抜くのが、「海の1日」に登場する父親(ミスター・ドーソン)の船です。
※また、このときスピッドファイアから正面に見える黒煙は、カレー(激戦地)から昇る黒煙です。
【第一幕|後編】スピットファイア 3機 → 1機
第一幕では、合計4~5機の敵機に襲われます。
※「4~5機」と書いたのは、敵機の編隊が不明で、消えたり現れたりするためです。同じ敵機と再会している可能性もあります。
敵機発見 → 燃料計が故障、隊長機は消息不明
見つけた敵機は1機、ただちにスピットファイア3機は散開します。
コリンズから「後ろに付かれた」と無線を受け、ファリアがこれを撃墜。
しかしこの直後、上空を横切った別の敵機によってファリアの機体は被弾、燃料計が故障します。
※ここで敵も2機以上の編隊だったことが判明します。
幸い飛ぶのに支障がありませんが、隊長機との通信が途絶え、スピットファイアは2機となります。
“燃料” = “ファリアの命数”
※命数=寿命の長さ、天命
ファリアとコリンズは、海上に墜落したスピットファイア(隊長機)を見つけます。
しかし、脱出(パラシュート)の跡はなく、ファリアは座標を記録します。
また、ファリアは燃料計が故障したため、コリンズに逐一残量を伝えるよう頼みます。
この時点で残量は50ガロン。
手元の時計は15:00少し前。
ファリアは高度を1000フィートに上げるよう指示します。
ここでのポイントは次の2つです。
②脱出手段の存在=パラシュート
↑
①は、「燃料(ガロン)」=「ファリアの命数(時間)」であることの暗示
(戦闘機の命の終わりが “ガロン” なら、人間の命の終わりは “時間”)
②は、「空」の結末の伏線(ファリアはパラシュートで脱出しない)
“隊長命令” に背くファリアとコリンズ
目的地(ダンケルク)まで残り5分。
ファリアは更に2000フィートまで高度を上げるよう指示します。
コリンズは燃費が悪くなると指摘しますが、
※字幕「奇襲よりいい。その高度なら上から攻撃できる」
と返します。
このセリフにはファリアの人物描写が含まれています。
隊長を殺され、燃料計を壊されたことでムキになっているのですが、こちらのセリフも翻訳過程でそのニュアンスが薄れています。
直訳:「わかってるけど、もう上を取られたくない。高く飛ぼう。あのろくでなしを上から狙える」
□bastard=(スラング)ろくでなし、不快な奴
※基本的に撃ち合いは上を取った方が有利になります。
ここで思い出していただきたいのは、冒頭の隊長の命令です。
ファリア「高度を上げれば、上から攻撃できる」=「燃料<戦闘」
再び敵機 → “Bomber” に込められた “暗喩”
燃料の残量40ガロン。
手元の時計は15:20。
スピットファイア2機は、再び敵機と遭遇します。
敵機は以下計3機
・ハインケル②③(Heinkel)=Bomber
この「Fighter」と「Bomber」の違いが、本作のファリアの役割を表す重要な暗喩となっています。
・敵機を攻撃する
・味方機を護衛する「護衛機」の役割も持つ
・“地上部隊” や “艦船” を攻撃する
↑
映画『ダンケルク』において、
・”地上部隊”=「防波堤」にいる兵士たち
・”艦船”=「防波堤」から兵士を乗せて撤退する艦艇・「海」の民間船舶
ファリアは、「俺は爆撃機を(I’m on the bomber.)」と迷わず戦闘に向かいます。
ノーラン監督は「防波堤」と「海」の両方を「空」が守っている構図を描写しています。
このシーンによって、彼の勇気や正義感、責任感が描き足されます。
コリンズの不時着
戦闘の結果、
コリンズがメッサーシュミット①を、ファリアがハインケル②を撃墜します。
※このシーンは「海」の別角度からも描かれます。
※コリンズにとどめを刺そうとするハインケル③を、ファリアが追い払います。
見たところ波が穏やかだったため、パラシュートでなく、胴体着陸を決断します。
(そもそも降りる所がない。上手くすれば海に浮かんだ機体の上で助けを待てる。艦艇も通りかかる)
後方にはそこへ向かっていくプレジャーボート(=「海」のミスター・ドーソンの船)も映り込みます。
【第二幕】ファリアの “英雄的” 選択
第二幕では、ファリアは「命の選択」を迫られます。
「空」のパートの中で最も情報量が多く、難解なシーンとなっていますが、できるだけわかりやすく解説します。
「戻るか、戦うか」
残る1機(③ハインケル)を追う最中、ファリアは次の光景を目にします。
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
・隣に青いトロール船※(「防波堤」のトミーたちが乗っている)
↑そこへ飛び来る新たな敵機(ハインケル④)
※トロール船=トロール(底引き網)漁業に従事する船
※後方の黒煙はカレーの黒煙(ダンケルク方面であることを伝える目印)
しかし、ファリアはまずは目の前の敵(ハインケル③=コリンズ離脱の原因)を倒さなくてはいけません。
激しいドックファイトの末、ファリアはハインケル③を撃墜。
そして、運命の選択を迫られます。
ここでファリアが天秤にかけるのは、
「発見した新たな敵機(ハインケル④)」と「残り少ない燃料」であり、
このときすでにイギリス方面へ向かっている状態です。
(ファリアはバックミラーで背後を見ながら悩んでいる)
また、隊長の命令が頭をよぎっているとも考えられます。
↑ “燃料”=“ファリアの命数” の隠喩とすると、
隊長「命を犠牲にしてまで戦うな」
このように取れるためです。
この状況が掴みにくいのは、
ただでさえ「防波堤」と「海」のストーリーが割り込む上に、
ファリアの【今】と【回想】が交錯するためです。
このシーンを分解すると次のようになります。
↓
前方(イギリス方面)を見据えるファリア
↓
【回想】(さっき見かけた)艦船とトロール船
↓
後方を気にするファリア(後ろ髪を引かれている)
↓
【回想】トロール船から脱出する兵士(トミーたち)の姿
↓
バックミラーで背後を確かめるファリア
(バックミラーに映る光景=艦船、ハインケル④、トロール船、カレーの黒煙)
↓
燃料計を確かめるファリア(救いに戻るか、帰投するか※隊長の命令)
↓
バックミラーのアップ=艦船に迫るハインケル④
燃料「MAIN」→「RESCUE」
帰投を諦め、ハインケル④との真っ向勝負に出るファリアですが、互いに弾は当たず、再び旋回して追いかけます。
その時、突然バックミラーに別のハインケル⑤の姿が映り込みます。
※「海」のストーリーでは、このあたりでコリンズがピーター(ミスター・ドーソンの息子)に救出されます。
※「海」のクライマックス=メッサーシュミットとの対決であることから、「ハインケル④+ハインケル⑤+メッサーシュミット」の3機1組の編隊だったとも考えられます。
艦艇(H32)とトロール船(沈みかけ※)
↑ここに、
ハインケル④
↑
スピットファイア(ファリア)
↑
ハインケル⑤
※トロール船の船底は、敵からの銃撃で穴だらけ。ここから浸水している。
そして、ついにハインケル④が艦艇に爆弾を投下します。
艦艇は横倒しとなり、流れ出した重油の上に兵士たちは投げ出されます。
※このとき後方には何艘もの民間船舶が向かって来ているのが映り込みます。
ここでファリアの燃料(MAIN)も尽きますが、直後にようやくハインケル④を撃墜、
すぐさま予備燃料(RESCUE)に切り替え、ファリアはなおもハインケル⑤を追いかけます。
このハインケル⑤をファリアが撃墜した結果、漏れ出した重油に引火、海上で炎が上がります。
ダンケルク到着 “描かれなかった活躍”
連戦を潜り抜け、ようやくファリアはダンケルクにたどり着きます。
とうとう最後の燃料(RESCUE)も尽き、スピットファイアのプロペラが停止します。
そして、ここで初めてファリアはダンケルクの撤退作戦を知ります。
ダンケルクでの戦闘(当初の目的)は達成できませんでしたが、
結果的にダイナモ作戦を支援していたという状況です。
動力を失い、滑空するスピットファイア。
それを見上げる兵士たちの顔には、何の色もありません。
彼らはファリアの活躍を “見ていない(知らない)” からです。
ここで視点は「防波堤」と「海」へ移行、
それぞれの危機が描かれます。
「海」の危機を救ったのは、ミスター・ドーソンの機転(メッサーシュミットをかわす)ですが、「防波堤」は違います。
迫りくる爆撃機・スツーカ(Bomber)※を前に、祈るように目を伏せるボルトン海軍中佐。
次に “見た” のは、滑空状態にありながらスツーカを撃墜したスピットファイア(ファリア)の姿でした。
これを “見て” 、兵士たちはたちまち歓声を上げます。
※ドイツの「急降下爆撃機」。急降下時にサイレンのような音を立てることから連合国側からは「悪魔のサイレン」の異名で恐れられた。(参考:Ju 87 (航空機) – Wikipedia)
しかし、観客の目に直接「ファリアの活躍シーン」は描かれません。
ここで描かれたのは、「活躍」は “目撃” されて初めて「活躍」になるという現実です。
ダイナモ作戦には、次の事実(現実)があります。
※RAF=イギリス空軍
「防波堤」の冒頭にも次のセリフがありました。
(空軍は何してる!)
□bloody=(イギリス英語のスラング)くそ、最悪
歓声を聞き、兵士たちを見下ろすファリアの表情が硬いのは、この現実を “見た(知った)” からです。
そして、「防波堤」でのファリアの活躍をあえて “見せなかった” のは、ノーラン監督が観客を「防波堤」の兵士たちの一人として想定したためにほかなりません。
【第三幕】ファリアの犠牲|なぜスピットファイアを燃やしたか
「空」のストーリーは、静かに、苛烈に幕を閉じます。
先述したように、スピットファイアの燃料=ファリアの命数です。
「燃料が尽きるまで戦う」ということは、「命が尽きるまで戦う」ということです。
第三幕では、戦いを全うした「ファリア=ひとりの航空兵」の姿が描かれます。
“誰もいない浜辺” の意味
燃料が尽き、戦う術を失くしたファリアは、脱出のために風防(戦闘の窓)を開けます。
しかし、このとき流れるのは達成感溢れるBGMではなく、どこか不穏なBGM。
ひと気のなくなったダンケルクの浜辺も、不気味なほど静かです。
このシーンが意味するのは、「ファリアの戦いの終わり」です。
ダイナモ作戦のあとも、まだまだ戦争(バトル・オブ・ブリテン)は続きます。
しかし、少なくとも「ファリアの視界」には、もう守る相手(=「防波堤」の兵士たち)はいない。
不穏なBGMはこの状況を演出するためのものであり、ファリアは風防を閉ざします。
ファリアが脱出しなかった理由「 “鹵獲” を防ぐ」
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
浜辺に着陸したファリアは、スピットファイアに火を放ちます。(コックピットに照明弾を撃つ)
これは、「鹵獲(ロカク)」を防ぐための行動です。
すべては自国の兵士・民間人を守るためです。
最後の “二等兵”の正体「ダンケルクの目撃者」
つまりは、「防波堤」の兵士たちが必死で離れようとしていた場所です。
それがこの “二等兵”、つまりは “観客” です。
ノーラン監督が「防波堤」にいきなり観客を放り込むところから始まります。
そして、
ストーリーの終わりに兵士たちとともに “撤退” させる。
更にはスピットファイアを燃やして “イギリス” を守ります。
ここまでの全てを観客に “見せる” ことで、“多くの報われなかった航空兵(ファリア)” への “敬意・哀悼” を示すとても素晴らしい結末となっています。
長くなりましたが、以上で『ダンケルク』の 「空」の解説を終わります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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参考サイト一覧
・映画『ダンケルク』ブルーレイ&DVDリリース (warnerbros.co.jp)
・ダンケルク (2017年の映画) – Wikipedia
・ダンケルク : 作品情報 – 映画.com (eiga.com)