こんにちは、ユリイカです。
今回は、クリストファー・ノーラン監督作品、映画『ダンケルク』(2017)の全体図を徹底解剖していこうと思います。
ストーリーは「シンプルな脱出作戦」=ダイナモ作戦
『ダンケルク』のストーリーはいたってシンプルです。
窮地に追い込まれた兵士たちを、イギリス本土から救出に向かう=ダンケルクの奇跡(ダイナモ作戦)を描いた作品です。
あらすじ
本作のあらすじはこちらです。
ポーランドを侵攻し、そこから北フランスまで勢力を広げたドイツ軍は、戦車や航空機といった新兵器を用いた電撃的な戦いで英仏連合軍をフランス北部のダンケルクへと追い詰めていく。この事態に危機感を抱いたイギリス首相のチャーチルは、ダンケルクに取り残された兵士40万人の救出を命じ、1940年5月26日、軍艦はもとより、民間の船舶も総動員したダイナモ作戦が発動。戦局は奇跡的な展開を迎えることとなる。
(引用:ダンケルク : 作品情報 – 映画.com (eiga.com))
予告編はこちらです。
「ダンケルク」=フランスの港町の地名
「ダンケルク」は、フランスの港町の地名です。
ダンケルクからは、ドーバー海峡越しにイギリスが見えます。
戦況が悪化し、ナチスドイツに追い詰められた兵士たち(英仏連合軍)は、祖国に帰りたい一心でこの地へ逃げ延びます。
ここへノーラン監督がいきなり観客を放り込むところから、本作のストーリーは始まります。
「ダイナモ作戦」=兵士たちの救出作戦
「ダイナモ作戦」は、イギリス首相・チャーチルが発動した兵士たちの救出作戦です。
・第二次世界大戦のダンケルクの戦いにおいて、1940年5月26日から6月4日にかけて行われた、連合軍の大規模撤退作戦のイギリス側コードネーム
・イギリス海軍中将バートラム・ラムゼーが作戦を計画
・イギリス首相ウィンストン・チャーチルにダイナモ・ルーム(ダイナモ=発電機があるドーバー城地下の海軍指揮所の一室) にて概要を説明したことから命名
(参考:ダイナモ作戦 – Wikipedia)
上記の流れは、ジョー・ライト監督作品『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017年)でわかりやすく描かれています。
登場人物
本作は「防波堤+海+空」の3視点から1つのストーリーを描いています。
そのため、主要人物も多く登場する作品ですが、あえて一人ずつに絞ると以下のようになります。
・トミー…イギリス陸軍二等兵
・ミスタードーソン…ムーンストーン号の船長
・ファリア…スピットファイアの操縦士
全員が「故郷=イギリス」に帰りたい(帰したい)
防波堤、海、空と視点は違えど、登場人物の【目的】は同じです。
・トミーの【目的】…イギリスに帰ること
・ミスタードーソンの【目的】…兵士たちをイギリスに連れ帰ること
・ファリアの【目的】…兵士たちを守り、自身も無事に帰還すること
全員が「故郷=イギリスに帰りたい」という欲求に基づいて行動します。
「つまらない」「よくわからない」と言われてしまう理由
本作におけるノーラン監督の試みは、観客に戦場を体験させることです。
このため、登場人物のセリフは必要最低限にとどめられ、代わりに情景描写やアイテムによる説明が多用されます。
しかし、この説明方法はあくまでイギリス人向けです。
(ノーラン監督もイギリス人、演じるキャストも全員イギリス人)
これが、映画『ダンケルク』が「つまらなかった」「よくわからなかった」と日本人に言われてしまう原因です。
防波堤+海+空=「映画3本分」のストーリー構成
先述したように、本作は「防波堤+海+空」の3視点から1つのストーリーを描いています。
またそれだけでなく、この3視点には時間のズレもあることが始めに字幕によって提示されます。
(下図参照)
【冒頭シーン】は「防波堤」の1日目=ダイナモ作戦の初日です。
そして【ラスト】で3視点の時制が一致する構成になっています。
観客への情報量=兵士の情報量
ノーラン監督の試み=観客に戦場を体験させること。
このため、観客に与えられる情報量は極力、兵士と同じとなるよう制限されています。
そして、この「兵士」は「イギリス人」という前提があるため、
「観客」にも「イギリス人」という前提が適用されます。
このため、
「ダンケルク」=「兵士たちが取り残されたフランスの港町」、
「ダイナモ作戦」=「民間人も参加した “海軍の救出作戦”」
という前提知識を知らないと、あっという間にストーリーから取り残されてしまいます。
また、「防波堤」のトミー(陸軍)や、「空」のファリア(空軍)は、
ダイナモ作戦が進行中であることを知りません。(知る立場にない)
知っているのは、「防波堤」の将校(海軍)と、「海」のミスタードーソン(救出に向かう民間人)だけです。
イギリス人の前提知識と、陸海空の状況区別ができてやっと掴める程度の情報量となっています。
難解さに輪をかける「常識」の描写
上記の前提知識や軍隊知識のほか、本作にはさまざまな「常識」の描写が登場します。
たとえば、艦艇に乗り込んだ兵士たちは、紅茶とジャムトーストでもてなされます。
日本人の目にはどこか間抜けて見えるシーンですが、
兵士=イギリス人にとっては、ジャムトースト=故郷を象徴する食べものです。
日本人にとっての味噌汁とおにぎりのようなもので、彼らの「安心」を表現する【緩和シーン】となります。
他にも、「ミスタードーソンの掲げる旗」や「登場する敵機の種類」、「ラストのファリアの行動」など、
日本人の常識では読み取り切れない描写が多く登場します。(ネタバレになるのでこれらについては後述します)
第一幕|それぞれのストーリーの目的【これよりネタバレ】
ここからは、すでに鑑賞済みの方向けに、ネタバレありで解説していきます。
【第一幕】では、「防波堤・海・空」の3視点それぞれの【状況と目的】が提示されます。
この3視点の全体図を整理する役割を担うのが、「防波堤」のボルトン海軍中佐(演:ケネス・ブラナー)です。
「防波堤」の目的は「脱出」
「防波堤」のストーリーは、【危機的状況】から始まります。
ダンケルクの浜辺に追い詰められた兵士は40万人。
彼らが長い列を作っているのは、海の向こうの故郷イギリスへ脱出するためです。
「海」の目的は「救出」
「海」のストーリーは、【出航シーン】から始まります。
ダイナモ作戦には多くの民間船舶が徴用されました。
ミスタードーソンの船・ムーンストーン号もこのうちの一隻で、
ダンケルクで待つ兵士たちを救出するため、港から出航します。
「空」の目的は「援護」
「空」のストーリーは、【出撃シーン】から始まります。
しかし、「海」の主人公・ミスタードーソンとは違い、
「空」の主人公・ファリアはダンケルクへの出撃理由を知らされていません。
このため、ファリアの目的はシンプルに自国民の援護になります。
(これが結果的にダイナモ作戦の成功につながる)
ボルトン海軍中佐のセリフによる【情報整理】
【第一幕】において、ボルトン海軍中佐は次の情報を観客に提示します。
ボルトン海軍中佐「(ウィナント陸軍大佐に)負傷兵を何人乗せるか決めてくれ。担架ひとつで兵7人の場所を取る」
・ダンケルクの浜辺は、ドイツ空軍から攻め放題=形勢不利
ボルトン海軍中佐「目で見えるほど(祖国は)近くにあるのに(帰れない)」
→現時点ではクリアできない状況
・表向きはイギリスもフランスも共に撤退、しかし実際はイギリス兵限定の撤退作戦
・「3万~4万5千を戻せ」と命令されているが、浜辺には40万人もの兵士がいる=絶望的状況
(この会話を桟橋の下でトミーは聞き、絶対に艦艇で逃げなくてはという思いに拍車がかかる)
・船着き場が使えなくなると、兵士たちは海岸に足止めになる
↑駆逐艦は浜へ近づけず、沖の駆逐艦へ近づくための小船もない
↑=「防波堤が生命線」
現時点でできることは【最初のミッション】防波堤の死守のみですが、
上記のシーン(ボルトン海軍中佐×海軍少将×ウィナント陸軍大佐)の直後の空爆(スツーカ3機)によって早々に【失敗】してしまいます。(病院船の撃沈→船着き場の破壊)
第二幕|3視点が補完し合うストーリー
提示される情報の極めて少ない『ダンケルク』ですが、「防波堤・海・空」の3視点を合わせてみると、それぞれが補完し合っていることがわかります。
何がいつどこで【合流】するか
先述したように「防波堤・海・空」は結末に向かって時制が一致していきます。
ここでは映画本編の構成にそって【合流】を図解します。
ムーンストーン号を追い抜く3機のスピットファイア
(使用写真:WarnerBros.com | Dunkirk | Movies)
「空」の【冒頭】シーン=【本編40分】あたりの「海」のシーンです。
このあと「空」は敵機に遭遇、隊長機が撃墜され、2機になります。
「海」視点では、ミスタードーソンが音だけでスピットファイアだと当てるシーンが描かれます。
「空」のコリンズの不時着
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com))
【本編37分】あたりの「空」シーン=【本編70分】あたりの「海」のシーンです。
「空」視点では、コリンズが手を振っているように見えたため、ファリアも手を振り返しますが、
「海」視点では、コリンズは閉じ込められていて、間一髪のところをピーターに救われます。
ハインケルに爆撃される艦艇(H32)
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com))
【本編48分】あたりの「空」シーン=【本編76分】あたりの「海」のシーン=【本編79分】あたりの「防波堤」のシーンです。
「空」視点では、ファリアのドッグファイトが、
「海」視点では、艦艇への爆撃が、
「防波堤」視点では、トロール船からの脱出が描かれます。
【クライマックス①】3視点の合流
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com))
【本編76分】あたりの「海」のシーン=【本編84分】あたりの「空」シーン=【本編85分】あたりの「防波堤」のシーンです。
「海」視点では、重油の中からの兵士たちの救出が、
「空」視点では、ハインケルの撃墜が、
「防波堤」視点では、海面炎上が描かれます。
【クライマックス②】ファリアのダンケルク到着
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com))
【本編87分】あたりの「防波堤」のシーン=【本編88分】あたりの「海」のシーン=【本編89分】あたりの「空」シーンです。
「防波堤」視点では、スツーカの襲来が、
「海」視点では、メッサーシュミットとの対決が、
「空」視点では、スツーカの撃墜後の滑空が描かれます。
最後の二等兵のシーン=後方で燃えるファリアの機体
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
【本編91分】あたりの「海」のシーン=【本編93分】あたりの「防波堤」のシーン=【本編97分】あたりの「空」シーンです。
「海」視点では、イギリスへの返していくムーンストーン号が、
「防波堤」視点では、ボルトン海軍中佐による最後の二等兵の救出が、
「空」視点では、ファリアによるスピットファイアへの放火が描かれます。
※鹵獲(ロカク)=戦地などで敵対勢力の装備する武装(兵器)や補給物資を奪うこと。接収(せっしゅう)とも。(引用:鹵獲 – Wikipedia)
誰が「何」と戦うか
「感情移入できない」、「入り込めない」等の低評価もネットでは散見しますが、
“誰が「何」と戦うか(何に葛藤するか)” に焦点を置くと、登場人物の個性や、深いストーリー性が見えてきます。
英仏連合軍における敵は、“ナチスドイツ軍” です。
『ダンケルク』は敵の兵士の姿がほとんど描かれないことで有名ですが、
これは省いたわけではありません。ストーリー上、登場させる必要がなかっただけに過ぎません。(次の【防波堤の敵】で後述します)
また、本編にはさまざまな機体が登場しますが、“戦闘機か、爆撃機か” という点がストーリー上の大きなポイントとなっています。
この2つの違いは以下の通りです。
※今作ではメッサーシュミットが該当
・敵機を攻撃する
・味方機を護衛する「護衛機」の役割も持つ
※今作ではハインケル、スツーカが該当
・“地上部隊” や “艦船” を攻撃する
上記をふまえて解説していきます。
防波堤の敵は「ドイツ兵」
「防波堤」の主人公は、浜辺に取り残された兵士たちの全てです。
トミーをはじめとした彼らは、【冒頭】からずっと歩兵の銃撃や空襲(スツーカ)に苦しめられます。
そんな「防波堤」の兵士たちが迎える【葛藤】は “命の選別” です。
後半、トミーとギブソンは、アレックスらハイランダーズと共に、トロール船に乗り込みます。
「重すぎて浮かない」というセリフをきっかけに、“誰を下ろすか” という犠牲者選びを迫られます。
このとき、彼らをここまで追い詰めているのはドイツ兵(外からの銃撃)です。
「防波堤」の【葛藤】= “命の選別” を描くのに、ドイツ兵の姿までは必要ありません。
なんだかわからないけど、このままでは絶対に死ぬ。
自分が生き残るためには、誰かを犠牲に選ぶ必要がある。
この【葛藤】からトミーが導き出す「仕方ないけど間違ってる」という【答え】に「防波堤」のドラマがあります。
海の敵は「戦闘機:メッサーシュミット」
「海」の主人公は、ムーンストーン号の船長であるミスタードーソンです。
彼には、元海軍という過去(父親の掲げる旗=”ブルーエンサイン”)と、長男が戦死したという設定(終盤で息子・ピーターの口から明かされる)があります。
これが【冒頭】で徴用に来た海軍を振り切って、勝手に出航してしまった理由であり、
ジョージの負傷を経てもダンケルク行きを断行したり、コリンズ救出に必死で向かった理由です。
ミスタードーソンは、戦地から戻らなかった長男への未練を抱えています。
そんな彼にとっての【敵】は、“戦闘機:メッサーシュミット” 以外にありえません。
なぜなら、戦死した長男はハリケーン(スピットファイアの競争作)のパイロットだからです。
息子の代わりに救い出した若い兵士たちを守るために、
息子を殺した戦闘機と戦う。
これが「海」のストーリーであり、ミスタードーソンというキャラクター造形になっています。
空の敵は「爆撃機:ハインケル」
「空」の主人公は、スピットファイアのパイロットであるファリアです。
ファリアは「空」の【冒頭】で、隊長から「燃料に注意しろ。戦っても帰投できるだけの量は残せ」と厳命されます。
しかし、度重なる戦闘で燃料はダンケルク到着前に大きく削られてしまいます。
「帰投しよう」。そう決めたその時に、ファリアはダンケルクからの艦艇と、今まさにそれを爆撃しようとしているハインケルを目撃します。
いま戦えば、もう帰投はできない。
けれど、いま戦わなければ、ダンケルクからの兵士たちが殺される。
自分の命(1人)か、ダンケルクの兵士たちか、という【葛藤】を迎えます。
そんなファリアの【敵】として相応しいのは、“爆撃機:ハインケル” です。
なぜなら、先述したように爆撃機が狙うのは “地上部隊” や “艦船”= ダンケルクの兵士たちだからです。
ここでの選択に「空」のドラマがあり、ファリアというキャラクター造形、
更には史実における空軍の犠牲を “見せる” ストーリーになっています。
誰が「何」を知っているのか
すでにいくつか触れてきましたが、ここで改めて『ダンケルク』の登場人物ごとの【情報】を整理したいと思います。
空軍に失望している陸軍
「防波堤」でのスツーカの空襲後、ひとりの兵士が「空軍は何してる!」と吐き捨てるシーンがあります。
これはダイナモ作戦の次の史実(現実)を反映した台詞です。
※RAF=イギリス空軍
空軍の活躍を陸軍は知らなかった(見えなかった)という切ない描写であるのと同時に、
「空」のファリアのストーリーを補強する台詞にもなっています。
イギリス兵・ギブソン→フランス兵・???
市街地から浜辺へと逃れてきたトミーは、そこでイギリス兵を埋葬している一人の兵士・ギブソンと出会います。
しかし物語後半、トロール船内でギブソンはフランス兵であることが明かされます。(観客もトミーと一緒にここで知る事実)
つまり、ギブソンは弔うためでなく、隠蔽のためにイギリス兵の死体を埋めていたということです。
ギブソンという名前も、彼の奪った軍服にそう書いてあるというだけで、本当の名前はわかりません。
海軍と陸軍の情報量
先述したように、ダイナモ作戦は海軍の作戦です。
このため、ウィナント陸軍大佐よりもボルトン海軍中佐の方が多くの【情報】を持っています。
(海軍の中佐>陸軍の大佐、という構図)
「防波堤」のストーリー中、ボルトン海軍中佐とウィナント陸軍大佐の会話に次のようなものがあります。(便宜上、ここでは陸軍、海軍と表記します)
海軍「小型船を手配してる。民間の船を徴用した。(波は荒いが)空爆よりマシだ」
陸軍「……確かにそうだな。工兵隊が桟橋を作ってる。潮が満ちれば使える」
海軍「6時間後だな」
陸軍「3時間後では?」
海軍「私が海軍でよかったな」
ウィナント陸軍大佐は、ボルトン海軍中佐からダイナモ作戦を知ります。
(観客は「海」の【冒頭】から知っている情報)
また、ウィナント陸軍大佐は潮の満ち引きについても勘違いをしています。
更に、この勘違いは同じ陸軍であるトロール船内のトミーたちにも適用されます。
(そろそろ満潮のはずなのに、なかなか船が浮かばない=トミーたちの焦燥の一因)
第三幕|ダンケルクのテーマは「戦争賛美」ではなく「犠牲」
『ダンケルク』の見どころをただそのまま鑑賞してしまうと、ストーリーは下記のように映ってしまいます。
・誰もが “故郷に帰りたい”、”死にたくない”
↓
【第二幕】海を越えて助けが来る
・「海」の危機をスピットファイア(ファリア)が救う
・「防波堤」には多くの民間船が現れる
↓
【第三幕】兵士たちが帰還する
・歓迎ムードの中、チャーチル首相の勇ましい演説が挿入される
・「海」のジョージの活躍が新聞に載る
・「空」のファリアは自らを犠牲に兵士たちを救う
このため『ダンケルク』の鑑賞レビューの中には、「戦争賛美」などといった意見も散見されますが、これは間違いです。
ノーラン監督が『ダンケルク』で描こうとしたのは、戦争によって生じる “犠牲” です。
ここでは、この “犠牲” について「防波堤」「海」「空」ごとに見ていきます。
「防波堤」の犠牲
「防波堤」では、主に “兵士たちの犠牲” が描かれます。
ギブソンが埋めるイギリス兵
辛くもトロール船内で死亡してしまうギブソン(英語がわからず逃げ遅れる)ですが、
フランス兵である彼のここまでの生存は、【冒頭】のイギリス兵(本物のギブソン)の “犠牲” の上に成り立っています。
爆撃で死ぬ兵士、流れ着く兵士、自ら海へ入る兵士
「防波堤」ではさまざまな兵士の死が描かれます。
→これによってギブソンは、イギリス兵の身分を手に入れる
・これを浅瀬で艦艇を待つ兵士たちは海へ押し返す
→自分より先に艦艇に乗った兵士であり、自分だったかもしれない死体
みずから海へ入っていく兵士(入水)
→艦艇に乗れる気がしない、次は自分の番かもしれない等、絶望の末の死
『ダンケルク』において、生還と犠牲は表裏一体です。
誰かの生還は、誰かの死の上に成り立っている。
そんな戦争の現実を匂わせる描写になっています。
イギリス兵 “ギブソン” に扮していた “あるフランス兵の死”
もう少し「防波堤」の兵士たちを俯瞰で捉えると、
ギブソン(のふりをしていた兵士)の死=フランス兵の死の上に、イギリス兵の生還が成り立っていることも見えてきます。
作中、「防波堤が生命線」という台詞があります。
この “生命線” を実際に守っているのはフランス兵です。
(【冒頭】でトミーが逃げ込む塹壕は、フランス軍の塹壕)
ダンケルクの陰:カレーの兵士
更に俯瞰で捉えると、(地名としての)ダンケルクの兵士たちの生還の裏には、次の史実:カレーの “犠牲” があります。
終盤で挿入されるチャーチル首相の〈いかなる犠牲を払おうとも〉を、ノーラン監督はこの史実の暗喩としても用いています。
また、トミーの「仕方ないけど、間違ってる」という台詞はここにもかかっていることがわかります。
「海」の犠牲
「海」では、「防波堤」よりも視点を俯瞰に移した “犠牲” が描かれます。
謎のイギリス兵の「PTSD」
ミスタードーソンは、海上で謎の英国兵を拾います。
この謎の英国兵は、ダンケルクに向かっている(戻っている)と聞いてパニックを起こしたり、怯えたりします。
これは戦場を体験したことによるPTSDの描写です。
戦争がもたらす問題の一端、戦後も続く “犠牲” をノーラン監督はミスタードーソンと謎の英国兵を通して描き出しました。
ジョージの「英雄願望」
ジョージは謎のイギリス兵との揉み合いに運悪く巻き込まれ、致命傷を負います。
(頭をぶつけたことによる脳挫傷。このため目が見えなくなり死亡する)
この “巻き込まれて、運悪く死ぬ” という一連の流れは、ほとんどの戦死者に共通する悲劇です。
このジョージがそもそもムーンストーン号に乗り込んだのには、彼の「英雄願望」が起因しています。
戦時下では、人殺しが英雄視される歴史・現実※があります。
戦場で活躍する勇敢な兵士に憧れた若者たちの “犠牲” も、ノーラン監督はジョージを通して描いています。
※下記『東大理系教授が考える道徳のメカニズム』は、「なぜ人を殺してはいけないの?」等、子供への質問に大人が回答できるよう、道徳についてわかりやすく書かれた1冊です。
ミスタードーソンの長男(ピーターは次男)
先述したように、ミスタードーソンにはハリケーンで出撃して戦死した長男の存在があります。
つまり、ミスタードーソンは戦死家族という一面も持っています。
戦死家族もまた、戦争の“犠牲者” です。
海軍を振り切って勝手に出航する【冒頭】シーンには、その悔しさが、
不時着したコリンズのもとへ駆け付けるシーン(取り乱してピーターに怒鳴る)には、その悲しみの深さが、
兵士たちを守るためにメッサーシュミットと対決するシーンには、父親としてのプライドがまざまざと描かれています。
「空」の犠牲
「空」では、主に “陰の犠牲” が描かれます。
隊長機の不明
「空」のストーリーでは早々に隊長機が消失します。
知らぬ間に撃墜され、気付いたときには海に浮いている。
先述したようにダイナモ作戦では、ドイツ空軍が132機の航空機を失ったのに対し、イギリス空軍は474機の航空機を失いました。
この隊長機は、ドイツ空軍の3倍以上にも上ったイギリス空軍の “犠牲” のほんの一機に過ぎません。
この呆気ない描き方が、むしろ戦場のリアルさや、描き切れない “犠牲の数々” を演出しているように思います。
ファリアとコリンズ=報われなかった空軍兵士のメタファー
「空」のストーリーでは、ファリアは燃料を “犠牲” にイギリス兵と「海」の民間人を救います。
つまり、自身の命を “犠牲” に、他の多くの命を救います。
メイン燃料から予備燃料へ、更には燃料ゼロ=滑空状態でダンケルクに到達し、爆撃機・スツーカを撃墜します。
そしてついに不時着しますが、ファリアのストーリーはここでは終わりません。
ファリアはイギリスのため(鹵獲されれば、味方のはずのスピットファイアが国民を襲うことになる)、自らスピットファイアに火を放ちます。
ファリアは自身にできることの全てでイギリスを守り、ドイツ兵の捕虜となる結末を迎えます。
しかし、最後の二等兵のシーン(後方に微かにスピットファイアの炎上が見えるカット)からもわかるように、この献身はダイナモ作戦の成功の陰に隠れています。
(だからこそ、帰還したコリンズは心無い言葉を投げられる)
ノーラン監督が “報われなかった空軍兵士” の史実=“犠牲” を描いたことが、よくわかるカットとなっています。
ダンケルクの鑑賞ポイント|”ノーラン演出” の数々
説明部分を最小限に抑えた『ダンケルク』。
ここまでにご紹介した以外にも、見どころや考察、鑑賞ポイントや暗喩など、ノーラン監督のテクニックと才能がふんだんに詰め込まれた作品です。
ここでは、中でも重大な意味の込められたシーンをいくつかご紹介します。
このほかにも「防波堤・海・空」をそれぞれもっと詳しくご覧になりたい方は、こちらの記事も合わせてご利用ください。
・トミーの行動理由(衛生兵を装う→ハイランダーズに紛れ込む)
・アレックス(ハイランダーズ)の人物描写
・ボルトン海軍中佐の人物描写
・チャーチルの演説を使った【皮肉】の演出
・トミーのラストシーンの意味 など
【最後の二等兵の正体】は観客
『ダンケルク』でよく話題されるのが、「最後の二等兵」の意味です。
彼はなぜか、ひとりで桟橋で目覚め、ボルトン海軍中佐によって最後の最後に救出されます。
この “不自然なシーン” を、私は『ダンケルク』最大の仕掛けだと考えています。
先述したように、「空」の【ラスト】はスピットファイアの炎上です。
しかし、このとき「防波堤」の兵士たちは「海」の民間船に救われ、すでにダンケルクを脱出しています。
つまり、『ダンケルク』を最後まで目撃できるのは “観客” だけ、「最後の二等兵」=観客 という演出になっています。
本作のストーリーは、ノーラン監督が「防波堤」にいきなり観客を放り込むところから始まります。
そして最後には、「防波堤」の兵士たちとともに “撤退” させる。
【冒頭】からの流れを汲んだ完璧な【ラスト】の演出となっています。
ボルトン海軍中佐が残った【理由】
ボルトン海軍中佐「私は残る。フランスのために」
(ウィナント陸軍大佐は敬礼で去っていく)
ダイナモ作戦では、1940年5月26日~6月4日(9日間)のあいだに、約33万人もの兵士たちがダンケルクから救出されました。
その中には当初は救出対象から除外されていたフランス兵も約14万人含まれています。
(作戦5日目から救出開始、作戦終了前には約3万人が救出される)
ボルトン海軍中佐は、実在の高官たちを合成して創作されたキャラクターです。
この「フランスのために」というセリフは、ダイナモ作戦に最後まで力を尽くした将校たちの実像を表しています。
【ラストシーン】アレックスの立ち直りと、トミーの絶望
イギリスへの帰還当初、アレックスは車内で打ちひしがれています。
↑(その先をとても読めずに)
アレックス「耐えられない。お前(トミー)が読め。唾を吐きかけられるぞ。通りに群衆がいればな」
「救出」されたことを恥と捉えているアレックスは、国民に責められると思い込んでいます。
(自分たちが撤退したためにイギリス本土が戦火に呑まれることを危惧して、皮肉すら口にする)
しかし、チャーチルの演説を聞くうち、士気を取り戻します。
〈いかなる犠牲を払おうとも、国を守る〉
〈決して屈しない〉
そして、アレックスは出迎える民衆に対して、まるで英雄の帰還のように手を振ります。
そんなアレックスとは対照的に、帰還を喜んでいたはずのトミーは徐々に暗い顔つきになっていきます。
なぜなら、チャーチルの演説は兵士たちを鼓舞するもの=戦争ムードを盛り上げるものだからです。
〈我々は戦い続ける〉
〈いかなる犠牲を払おうとも、国を守る〉
〈決して屈しない〉
戦争による “犠牲” を「仕方ないけど、間違ってる」と結論付けたトミーにとっては、
チャーチルの〈いかなる犠牲を払おうとも、国を守る〉という言葉は間違いでしかありません。
きっとまた戦地(あそこ)へ行かされる。
次はきっと、生きて帰れない。
そんな思いを抱えて新聞から目を上げるトミーのカットは、戦争への不安、嫌悪を観客に伝える不穏な【ラストシーン】となっています。
鑑賞には、Blu-rayが断然おすすめです!
現在、Amazonプライム等で配信もされている『ダンケルク』ですが、
動画配信ではIMAXの画角が適用されず、上下をカットした小さいサイズでの鑑賞になってしまいます。
また、ノーラン作品は映像美と合わせて音楽も魅力のひとつなので、音質の劣化という点でも私はBlu-rayでの鑑賞をおすすめしています。
長くなりましたが、以上で『ダンケルク』の “全体図の徹底解剖” を終わります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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無言フォロー大歓迎ですので、よろしければこちらもご覧ください。
参考サイト一覧
・映画『ダンケルク』ブルーレイ&DVDリリース (warnerbros.co.jp)
・ダンケルク (2017年の映画) – Wikipedia
・ダンケルク : 作品情報 – 映画.com (eiga.com)