(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com))
こんにちは、ユリイカです。
今回は、映画『ダンケルク』の「海の1日」について解説・考察します。
【2.THE SEA|one day】海の1日
「海」では、1日という単位でストーリーが描かれます。
主な登場人物
「海」は、出港準備をしている港のシーンから始まります。
登場人物は次の4人です。
②息子…ピーター
③息子の友達…ジョージ
④謎のイギリス兵(ダンケルクへの途次で救出)
□プレジャーボート=レジャー用の船、小型船舶の総称
以下、便宜上、「父親」と表記します。
ストーリー
「海」で起きることをまとめると、以下のようになります。
・ダンケルクからの救出作戦(ダイナモ作戦)に加わる。
・途中、ジョージが致命傷を負うも、父親は引き返さない。
【第二幕】
・海上で多くの兵士たちを救い、帰路に就く。
(ジョージは船室で死亡する)
【第三幕】
・大勢の兵士たちと共に帰還。
・後日、ピーターは新聞社を訪ね、新聞の一面をジョージの記事が飾る。
それぞれ一幕ずつ解説していきます。
【第一幕|前提】”ジョージ” を通して描かれたもの
「海」の【オープニングシーン】は、
ドーソン親子のいる船着き場へジョージが駆けて来るところから始まります。
このジョージは、“戦時下における若者” を象徴するキーパーソンです。
“ジョージ” が体現した若者の「英雄願望」
そもそも、なぜジョージは駆け付けたのでしょう。
ジョージ「何人か?」(視線の先には何十人分もの救命胴衣)
この冒頭のピーターのセリフは、すでにこの場にいるジョージのためのセリフではありません。観客のための説明です。
ジョージはどこかで噂を聞きつけ、自ら船着き場へ駆け付けました。
それはなぜか。
ジョージは「英雄願望」を持つ当時の若者を体現する登場人物だからです。
戦争の “本当” を知らないジョージ
「もやいを解け」と父親に言われたジョージは意を決してプレジャーボートに飛び乗ります。
ジョージ「役に立ちます」
「I’ll be useful, sir」と兵士を気取って父親に応じるジョージでしたが、
続くシーンですぐに、実は敵機と味方機の区別もつかない状態とわかります。
↑父親「味方だ、ジョージ」
※形状から判断しました。
□ブリストル ブレニム(Bristol Blenheim)…夜間戦闘機としてバトルオブブリテンに参加。第二次世界大戦時に初めてドイツの領空内で偵察飛行を行った。(参考:ブリストル ブレニム – Wikipedia)
↑夜間の偵察を終えて帰還するブレニムとすれ違った、という構図です。
ジョージは「英雄願望」によって死亡する
ストーリー序盤、ジョージは謎のイギリス兵との揉み合いに “巻き込まれ”、“運悪く” 致命傷を負います。
(頭をぶつけたことによる脳挫傷。このため目が見えなくなり死亡する)
この “巻き込まれて、運悪く死ぬ” という一連の流れは、ほとんどの戦死者に共通する悲劇です。
負傷時、ジョージは次のことをピーターに打ち明けます。
(ジョージはピーターの水を拒んで※続ける)
ジョージ「父さんに言ったんだ。学校では落ちこぼれたけど、いつか何かやってみせるって。新聞に載るようなことをね。きっと先生たちも見るよ」
(吹き替えより)
ここには次の情報が含まれています。
※「水」の暗喩については次回、「防波堤」の記事で言及します。
(若すぎたために予備軍)
・海軍で「何か新聞に載るようなことをやって」みせたかった。
【第一幕|本編】ストーリーをひっぱる不透明さ
先述したように、「英雄願望」を持つジョージを乗せて、ドーソン親子はダンケルクへと出航します。
しかし、この短いオープニングシーンはわずかな違和感を伴います。
“勝手に” ダイナモ作戦に加わる父親
船舶を検めながら近づく海軍を前に、父親は迷うような焦るような、思案する表情を浮かべます。
(吹替:「海軍に貸すんでしょ?」)
↑
父親「ムーンストーン号の船長はこの私だ」
(吹替:「ムーンストーン号を貸してやるさ。船長付きで」)
ピーター「息子もいる」
(吹替:「その息子もね」)
こうして父親のムーンストーン号は、海軍を同乗させずにダンケルクへ出発します。
一体、このシーンで何が起きたのか。
実はここにも※、イギリス人の常識でしか気付けない描写が含まれています。
※【完全解説】ダンケルク【1】「ノーラン監督の “狙い” ← “日本人” には伝わりにくい」参照
父親の掲げる旗=”ブルーエンサイン”
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
よく見ると、プレジャーボートの後方にはある旗が掲げられています。
この旗、実は【オープニングシーン】で、ドーソン親子より順番的には先に登場します。
港に着いたジョージ
↑父親に食器の山を手渡される。
〇このとき、食器の一番上にたたまれた旗が乗っている。
〇父親は食器を手渡す一方で、↑旗だけ手元へ取り戻す。
↓
ジョージがもやいを解き、乗り込んだ時にはすでに掲げられている。
一見ただのイギリス国旗に見えますが、よく見ると絵柄が左上に寄せられた青旗です。
この旗は、「ブルーエンサイン」と呼ばれます。
・旗の一種で、イギリスに関係する組織や地域で使用される。
・1864年に枢密院令にて、政府船もしくは海軍予備役船に割り当てられた。
・予備役、退役問わず使える。
↑船長及び一定人数の船員が該当すれば商船でも使えた
・原則として、イギリスにおいては現在でもこの分類が使われている。
(参考:ブルー・エンサイン – Wikipedia)
つまり、これを掲げることは、父親が元海軍、退役兵だということを示しています。
勝手に出航してしまった父親のプレジャーボートを見ても、海軍兵士が怒らず、困惑したような表情を浮かべていたのはこのためです。(止めるべきだが、止めきれない状況)
また、ジョージの目にもこのブルーエンサインはしっかりと見えているはずなので、
彼の「英雄願望」をくすぐるのに十分な状況だったと言えます。
しかし、イギリス人の目には明らかなこの描写は、残念ながら大半の日本人には伝わりません。
このため、父親が逃げるように出発する理由も、それに息子が追従する理由も、日本の観客にはピンと来ず、
ジョージの行動も突拍子もない若者であるかのように映ってしまいます。
ダイナモ作戦で他の民間船舶が掲げているのは “レッドエンサイン”
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
ちなみに、父親の「ムーンストーン号」がブルーエンサインを掲げているのに対し、
作中、ダイナモ作戦に参加した他の民間船舶が掲げているのは赤旗です。こちらは “レッドエンサイン” と呼ばれます。
・旗の一種でブルーエンサインと同様、イギリスに関係する組織や地域で使用される。
・1864年に枢密院令にて商船用に割り当てられた。
※ホワイト・エンサインが海軍用、ブルー・エンサインが政府及び海軍予備役用。
(参考:レッド・エンサイン – Wikipedia)
海上で救う兵士①謎のイギリス兵=ダンケルクからの避難兵
こうして沖へ出た3人は、海上で艦船の残骸に座る謎のイギリス兵を見つけ、救出します。
この謎のイギリス兵の名前が最後まで明かされないのには理由があります。
ノーラン監督は「防波堤」の兵士ひとりひとりを、あえて描き分けていません。
“防波堤の兵士” と全員をひと括りにして扱っています。
※詳細は『THE MOLE|one week「防波堤の1週間」』参照
この謎のイギリス兵も “防波堤の兵士” のひとりであり、「海」における「防波堤」の象徴です。
(この謎のイギリス兵は「防波堤の1週間:トミーの悟り②」にも登場します。潜水艦から脱出したトミーたちを置き去りにするボートを指揮している兵士が、謎の英国兵です)
「Uボート(ドイツの潜水艦)」と口走ることから、ダンケルクから避難のために艦艇に乗り込んだものの、途中で撃沈されたことも推察できます。
この経緯から彼は船室を嫌い、甲板に留まりたがります。
(魚雷を食らったときに船内にいるとどうなるかは、「防波堤」のパートでまざまざと描かれます。このため、のちに父親らが救う「防波堤」の兵士たちも、彼と同様に船室を避けようとします)
“ジョージの負傷” には動じない父親
謎のイギリス兵は、恐怖心からダンケルクへ向かうのを嫌がります。
そんな彼を懸念したピーターは船室に閉じ込めます。
これが彼のパニックの引き金となり、父親との揉み合いに発展、ジョージの負傷に繋がります。
しかし、父親とピーターは取り乱しません。
ピーターは動じながらもジョージに出来る限りの手当をし、父親は「手遅れだ」とダンケルク行きを断行します。
なぜなら、父親は戦争の現実を、ピーターもその一端を知っているためです。
彼らは戦争の “英雄” に憧れるジョージとは別の次元にいます。
そのことが次の第二幕で明らかになります。
【第二幕】”父親” の意地と “息子” の成長
第二幕では、
②「防波堤」の兵士たちの救出
③ジョージの死
④メッサーシュミットとの対決
これらを経て、「海」の一行は母国イギリスへ引き返します。
海上で救う兵士②「空」のコリンズ
実は風防(戦闘機の窓)が開かなくなり、機内に閉じ込められている状態です。
実は、誰よりもコリンズを助けたいと必死になっていたのは父親です。
この時ばかりは声を荒げてピーターの制止(「パラシュートは見えなかった」=おそらく死んでいる)を振り切ります。
□ホーカーハリケーン(Hawker Hurricane)…バトル・オブ・ブリテンなどで広く活躍。スピットファイアとの競争作として知られる。
(参考:ホーカー ハリケーン – Wikipedia)
「ハリケーンで出撃した」ということは、父親と次男・ピーターが海軍であるのに対し、長男は空軍だったということです。
同じ空軍のコリンズに長男が重なったために、父親は思わず取り乱します。
つまり、「まだ生きてる! 助けを待ってる!」というミスター・ドーソンの叫びは、戦争に息子を奪われた “すべての父親” の痛みの代弁となっています。
海上で救う兵士③「防波堤」の兵士たち
上記を皮切りに、「海」の第二幕ではついに「防波堤」・「海」・「空」の3つのパートが交錯します。
「海」…父親は必死でコリンズのもとへと急ぐ
「空」…ファリアのドッグファイト
「海」…ピーターがコリンズを救出
「空」…ファリアの追う敵機・ハインケルがダンケルクからの艦艇(艦番号「H32」)を爆撃
彼らを「海」の民間人(父親を含めた民間船舶)が間一髪、救出します。
(ファリアが「空」で墜落させたハインケルによって引火、海は炎上する)
そんな彼らに父親は厳しく言い放ちます。
なぜなら、父親には “息子(長男)を助けたかった” という、当たり前かつ譲れない思いがあるからです。
あるのは小さなプレジャーボート「ムーンストーン号」だけです。
このボートを接収されれば、今度こそ父親は “丸腰” になってしまいます。
ここで、父親の当初の目的=「一人でも多く兵士たちを連れ帰る」が達成されます。
【クライマックス】”メッサーシュミットと父親の対決” が意味するもの
多くの兵士たちを船に引き上げ、間一髪、爆発から逃れた父親たちでしたが、
そこへ敵機・メッサーシュミット※が飛来、「海」の【クライマックス】が描かれます。
※【完全解説】ダンケルク【2】THE AIR|one hour「空の1時間」で先述したように、「ハインケル×2+メッサーシュミット」の3機1組(爆撃機×2+戦闘機)の編隊だったと考えられます。
父親はピーターに舵を握らせ、タイミングを見極め、見事メッサーシュミットをかわします。
(そしてメッサーシュミットは飛び去ります。戦闘機であるメッサーシュミットの標的は本来、同じ戦闘機であるスピットファイアであるためです)
父親の当初の目的は、ダンケルクの浜辺で待つ兵士たちを連れ帰ることでした。
武器を持たないプレジャーボートは当然、戦闘機との真っ向勝負など想定していません。
それでも、父親は知恵※を武器に勝利(爆撃をかわし)し、兵士たちの命を守り切ります。
※物語において、「老人(老賢者)」はしばしば「経験の知恵」や「理性」、「正しい判断」を象徴するキャラクターとして使用されます。(参考:ユング心理学)
この【クライマックス】で描かれたのは、父親の意地です。
ダンケルクに迎えに行くだけに留まらない、最高の【クライマックス】をノーラン監督は “戦時下の父親たち” の象徴として描いた “ミスター・ドーソン” に用意しました。
また、退役兵というバックストーリーを踏まえても、ミスター・ドーソンにふさわしい【クライマックス】になっています。
なぜ「ハインケル」でなく「メッサーシュミット」か
「空」におけるファリアの敵に設定されたのは、「ハインケル(爆撃機)」でした。
なぜなら、ファリアの守るものとして設定されたのが、「防波堤」の兵士たち(ハインケルの標的)だからです。
※【完全解説】ダンケルク【2】THE AIR|one hour「空の1時間」『再び敵機 → “Bomber” に込められた “暗喩”』参照
しかし、同じく「防波堤」の兵士たちを迎えに向かったはずの父親が相手取るのは、「ハインケル(爆撃機)」でなく「メッサーシュミット(戦闘機)」です。
先述したように、このダイナモ作戦への参加は、ミスター・ドーソンにとっては息子の敵討ちです。
そんな彼にとって真の敵は、自分たちを狙う(爆撃する)ハインケルではありません。
息子の乗ったハリケーン(戦闘機)を撃ち落としたメッサーシュミット(戦闘機)こそ、最大の敵となりえます。
「戦闘機」と「爆撃機」。
この描き分けだけでも、ノーラン作品の緻密さが伝わります。
“ジョージ” を通して描かれた “ピーターの成長”
第二幕では上記の「父親の意地」と並行して、「息子の成長」も描かれます。
この2つにフォーカスしてストーリーを整理すると、以下のようになります。
①海で謎のイギリス兵を救出
謎のイギリス兵は怯え切っていて、その様子に息子・ピーターは懸念(ダンケルク行きを邪魔されるのではないか)を覚え、船室に鍵をかけるか迷います。
そして父親に尋ねます。
父親「”砲弾ショック” だ。自分を見失ってる。取り戻せんかもな」
いよいよピーターは不安になって、船室に鍵をかけます。
このとき、ピーターの中には、ジョージのような「兵士=英雄」という図式があります。
なぜなら、戦死した兄を誇りに思いたい気持ち(悲しみの合理化)があるからです。
②語られる「父親の後悔」
船室に閉じ込められた謎のイギリス兵は、パニックを起こします。
父親「我々の務めだ。我々の世代が戦争を始め、子供を戦場へ送ってしまった」
↓ごねる兵士と譲らぬ父親
父親「銃で、爆撃機とUボートに何かできたか」
また、勇んで出撃していった長男を戦争に奪われた傷心も抱えています。
③ジョージの負傷
父親と謎のイギリス兵は揉み合いとなり、ジョージが重傷を負います。
思いもよらぬ事態に謎のイギリス兵は頭を抱え、そんな彼を父親は静かに見守ります。
このとき父親の頭には、
「もしも息子が帰ってきていたら、彼と同じ状態だったかもしれない。だが、たとえそうでも生きて帰ってほしかった」という思いがあります。
(つまり “謎のイギリス兵” に “亡き長男” を重ねて見ている)
④ダンケルク行きを断行する父親
父親はピーターから、このままではジョージが助からないことを聞きます。
このとき父親は、項垂れる謎のイギリス兵を見つめて束の間、考え込むようにします。
なぜなら、父親には「一人でも多くの兵士を救いたい」という強い思いがあり、
「防波堤」から来た謎のイギリス兵もその一人(象徴)だからです。
こうしている今も、ダンケルクの浜辺では(謎のイギリス兵のように)大勢の兵士たちが怯えている。
ジョージ1人と、ダンケルクで待つの兵士40万人ーーダンケルク行きの断行は、この二つを天秤にかけた父親の答えです。
繰り返しになりますが、父親はすでに犠牲(長男)を払っている状態です。
命を懸けて向かったところで、ダンケルクで自分の息子は待っていない。
この点では、ジョージも兵士たちも他人(息子ではない)であるため、1人か40万人かの答えは合理的に決まります。
綺麗ごと(英雄化)では済まない戦争(現実)の真っただ中で、父親は綺麗ごとではない、現実的な判断をします。
(そんな父の姿をピーターは間近に見ている)
⑤コリンズの救出
続いて父親とピーターは、「空」のコリンズを救出します。
シーンとしては直接描かれませんが、
ピーターはコリンズにジョージの具合を診てほしいと頼みます。
このとき、ピーターははっとしたようにコリンズを仰ぎます。
先述したように、ピーターには、亡き兄が空軍兵というバックストーリーがあります。
このためピーターは、取り乱して救出に向かった父親がそうだったように、
空軍兵であるコリンズに兄を重ね、コリンズの言葉を兄の言葉として聞き、頷きます。
つまり、「君はよくやった」という一言は、ひとりの空軍兵からの褒め言葉ではなく、ピーターにとっては兄からの褒め言葉となっています。
また、戦場にあっても落ち着きを保つコリンズの姿こそ、ピーターの憧れた兄の姿だったとも考えられ、
更には、ジョージを診るよう頼んだこと=無条件の信頼・無意識の甘えの現れとも推察できます。
以上のことから、ピーターとジョージの「英雄」は同じではないことがわかります。
ピーターの憧れ→兄であり、元海軍の父(明確)
⑥謎のイギリス兵「大丈夫か、あの子は」(1度目)
船室から甲板へ戻ってきたピーターに謎のイギリス兵は問いかけます。
ピーター「大丈夫じゃない」
⑦「防波堤」の兵士たちの救出と “描かれなかったジョージの死に際”
「海」の一行は、目の前で艦艇(艦番号「H32」)への攻撃を目撃、投げ出された兵士たち(トロール船の兵士たちを含む)を命懸けで救出します。
ピーターも尽力し、兵士たちをジョージのいる船室へ促します。
兵士「……死んでるぞ」
ピーター「……だから丁重に扱って下さい」
兵士は驚きもせずに「ジョージの死」を伝え、ピーターも(たとえ動揺があっても)凛然と応じます。
そんなピーターを父親が恐々と見守るのは、おそらく「ジョージの死」が息子・ピーターにとって、初めて “目の前で起きた戦死” だからです。
また一方で、「防波堤」から来た兵士たちにとってすでに “戦死” は日常であることも合わせて描かれます。
この「ジョージの負傷」→「死」という一連の流れが、ピーターの成長を効果的に描き出します。
ピーターは、
↓「腰抜けなの?」と謎のイギリス兵を前に呆れ、…①
↓父親の断固としてダンケルクに向かう姿=綺麗ごとでは済まない現実を知り、…④
↓冷静を保つコリンズの姿に “憧れの兄” を思い出し、…⑤
↓それでもなお、死へ向かうジョージへのやりきれなさから謎のイギリス兵を責めますが、…⑥
↓体験した戦争の現実を前に、ついには割り切り(理解し)ます。……⑦
“戦死” は、”誰かに看取ってもらえるような死” ではありません。それが現実です。
いつ自分が死ぬとも知れない状況の中、気付いたら仲間が死んでいた。
ピーターが救出に奔走する間に誰にも看取られずに息を引き取るジョージは、そんな現実の暗喩も兼ねています。
⑧謎のイギリス兵「大丈夫か、あの子は」(2度目)
案じるように父親がピーターを見つめる中、再び謎のイギリス兵はピーターに問いかけます。
ピーター「(長い沈黙)……ああ(Good.)」
⑧…謎のイギリス兵にジョージの死を伝えない←謎のイギリス兵のための合理化(大人の嘘)
【第三幕】描かれたのは “勝利の代償”
第三幕では、大勢の兵士たちと共に帰還したドーソン親子のその後が描かれます。
父親が見つめる相手=謎の英国兵の正体
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
夜になって帰港した「ムーンストーン号」からは、驚くほど大勢の兵士たちが母国に降り立ちます。
「すごいな。何人乗せてきた」と出迎えられますが、父親もピーターも答えません。
なぜなら、彼らは「防波堤」の兵士の全てを救出できたわけではないからです。
そして、ジョージの遺体が運び出されます。
ここでは、絶妙なカメラワークによって「海」の更なる【クライマックス】が描かれます。
↓カメラは前方からピーター越しに父親を捉えている
船から降りた父親は、遺体を見つめる息子を見守る
↓カメラが後方から父親を捉え直す
父親が見ていたのは、実はピーターではなく謎のイギリス兵
・ここで初めて謎のイギリス兵はジョージの死を知る
(なぜなら彼は “船室に入れない” )
↓
父親の視線に気付いてピーターが振り返った時には、謎のイギリス兵は消えている
(謎のイギリス兵はほかの「防波堤」の兵士たちと合流する)
そんな彼に、人混みに消える謎のイギリス兵は “死んだ長男は戻らない” という現実を突き付けます。
また、そんな彼らを “父親たち” は見守ることしかできません(解決してあげられない)。
戦争がもたらす問題の一端を、ノーラン監督は “父親” と “兵士” を通して描き出しました。
コリンズへの言葉|父親「我々は知っている」
「空」のコリンズもまた母国へ帰還します。
コートを脱いだ彼の胸には空軍の徽章(バッヂ)があり、それを見た「防波堤」の兵士から、
原文:Where the hell were you.
直訳:一体どこにいた。
※後述しますが、この “兵士” は「ムーンストーン号」ではなく、ダンケルクの浜辺から別の民間船舶に乗船し、戻った「防波堤」の兵士です。
と直接非難されます。
(この「防波堤」の兵士のスタンスは映画冒頭から少しも変わらず、観客に対して再度提示された形です)
言葉を失くすコリンズでしたが、その肩を父親が優しく叩きます。
原文:They know where you were.
直訳:彼らは君がどこにいたかを知ってる。
(ムーンストーン号で共に戻った兵士たちをコリンズに示し、握手を交わす)
【完全解説】ダンケルク【2】THE AIR|one hour「空の1時間」『ダンケルク到着 “描かれなかった活躍”』で先述したように、
ダイナモ作戦には「撤退兵の多くの航空兵の活躍を知らなかった(見えなかった)」という事実があります。
しかし、少なくとも本作の「海」のクライマックスで救出された兵士たちは、空軍(ファリアの活躍)を目にしています。
「空」の登場人物であるファリアとコリンズは作中、個人として明確に描写されますが、
象徴としての “防波堤の兵士” や “父親” のように、“空軍兵” とひと括りに捉え直してみると、
「報われなかった航空兵(捕虜となるファリアのような)」を慰めるためのシーンになっていることがよくわかります。
「”ダンケルクの英雄” ジョージ」に込められた皮肉
(使用写真:Dunkirk in 4k (2017) – Evan E. Richards (evanerichards.com)
新聞にジョージの記事を載せてもらうためです。
それによってジョージの期待通りに「父さん」が喜ばないことは、“ミスター・ドーソン” という “父親” を通してすでに描かれています。
ジョージの父親も、たとえ「落ちこぼれ」のままでもジョージに生きていて欲しかったはずです。
その理由は、「海」では一貫して、“息子の生還を願う(あるいはその死を悼む)父親” の姿が描かれるためです。
そんな “父親”の姿に学びながら成長していくであろうピーターは、きっと戦争を望む大人にはならないでしょう。
そういう次の世代が、戦争を起こさない未来を作っていくーー。
「海」の【ラストシーン】で描かれたのは「”英雄”となったジョージ」ですが、ノーラン監督はこれを美談として描いたわけではありません。
ドーソン親子から笑顔を奪うことで、やりきれない現実をはっきりと描写しています。
ノーラン監督自身がイギリス人なこともあって、ネットのレビューでは「ダイナモ作戦の成功を描いた “戦争美化”、”戦勝国的映画”」などという声も見かけますが、それは誤りです。
“母国の勝利(称賛)” ではなく、“そのために国民が払った代償(兵士たちの犠牲)” です。
そのことが如実に表れているのが、この「海」のパートになります。
(「空」では、“報われなかった航空兵への敬意・哀悼” が描かれ、「海」では、“勝利のために国民の払った代償” が描かれます)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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参考サイト一覧
・映画『ダンケルク』ブルーレイ&DVDリリース (warnerbros.co.jp)
・ダンケルク (2017年の映画) – Wikipedia
・ダンケルク : 作品情報 – 映画.com (eiga.com)